シェリー・マン (Shelly Manne)
シェリー・マン
アメリカのジャズ・ドラマー。
1920年6月11日ニューヨーク生まれ。
1984年9月26日ロサンゼルスで死去。
1946年、スタン・ケントン楽団に参加。
1951年、ロサンゼルスに移住。ショーティ・ロジャース(tp)と組んでウエストコースト・ジャズの立役者として活躍。
その後、ジャズ・クラブ「シェリーズ・マンホール」を経営。
1951年6月、アート・ペッパー(as)とショーティ・ロジャース(tp)との共演盤『ポポ(Popo)』に参加。
1953~55年、『ザ・ウェスト・コースト・サウンド(The West Coast Sound)』を録音。ビル・ホルマン(ts)、ボブ・クーパー(ts)、アート・ペッパー(as)、ジミー・ジュフリー(bs)、ラス・フリーマン(p)、マーティ・ペイチ(p)、ジョー・モンドラゴン(b)等が参加。
1955年3月1&3日、ショーティ・ロジャース(tp)のアルバム『スウィンギング・ミスター・ロジャース(The Swinging Mr. Rogers)』に参加。
1955年3月28日&7月26日、バーニー・ケッセル(g)のアルバム『トゥ・スウィング・オア・ノット(To Swing or Not to Swing)』に参加。
1955年8月1日、スタン・ゲッツ(ts)とライオネル・ハンプトン(vib)との共演盤『ハンプ・アンド・ゲッツ(Hamp and Getz)』に参加。
1956年1&2月、『スインギン・サウンズ(Swinging Sounds)』を録音。ステュ・ウィリアムソン(tp)、チャーリー・マリアーノ(as)、ラス・フリーマン(p)、リロイ・ヴィネガー(b)が参加。
1956年8月17日、『マイ・フェア・レディ(My Fair Lady)』を録音。アンドレ・プレヴィン(p)、リロイ・ヴィネガー(b)が参加。
1961年6月26日、ハワード・マギー(tp)のアルバム『マギーズ・バック・イン・タウン(Maggie's Back in Town!!)』に参加。
1961年12月、ナット・キング・コール(vo)とジョージ・シアリング(p)との共演盤『ナット・キング・コール・シングス、ジョージ・シアリング・プレイズ(Nat King Cole Sings/George Shearing Plays)』に参加。
1962年2月、『2 3 4』を録音。コールマン・ホーキンス(ts)、エディ・コスタ(p, vib)、ハンク・ジョーンズ(p)、ジョージ・デュヴィヴィエ(b)が参加。
1966年10月4日、ビル・エヴァンス(p)のアルバム『ア・シンプル・マター・オブ・コンヴィクション(A Simple Matter of Conviction)』に参加。
1968年1月、ミシェル・ルグラン(p)のアルバム『シェリーズ・マン・ホールのミシェル・ルグラン(Michel Legrand at Shelly's Manne-Hole)』に参加。
1974年、L.A.フォア結成時のメンバーとなった。
- Shelly Manne (ウィキペディア)