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ジョニー・グリフィン (Johnny Griffin)

ジョニー・グリフィン『イントロデューシング・ジョニー・グリフィン』
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ジョニー・グリフィン
アメリカのジャズ・テナー・サックス奏者。
1928年4月24日イリノイ州シカゴ生まれ。
2008年7月25日フランスで死去。

「リトル・ジャイアント」と呼ばれた。

1945~47年、ライオネル・ハンプトン楽団に在籍。
1956年、ニューヨークへ進出。

1956年4月17日、『イントロデューシング・ジョニー・グリフィン(Introducing Johnny Griffin)』を録音。ウィントン・ケリー(p)が参加。

1957年4月6日、ジョン・コルトレーンハンク・モブレーの3人によるテナーの競演盤『ア・ブローイング・セッション(A Blowin' Session)』を録音。リー・モーガン(tp)の熱いソロも聴ける。

1957年10月16日&11月18日、ウィルバー・ウェア(b)のアルバム『シカゴ・サウンド(The Chicago Sound)』に参加。

1957年10月23日、『ザ・コングリゲーション(The Congregation)』を録音。ソニー・クラーク(p)が参加。

1958年、セロニアス・モンク(p)のアルバム『ミステリオーソ(Misterioso)』に参加。

1958年7月2&3日、ブルー・ミッチェル(tp)のアルバム『ビッグ6(Big 6)』に参加。

1958年9月17日、フィリー・ジョー・ジョーンズ(ds)のアルバム『ブルース・フォー・ドラキュラ(Blues for Dracula)』に参加。

1958年10月、ランディ・ウェストン(p)のアルバム『リトル・ナイルス(Little Niles)』に参加。

1959年8月、『ザ・リトル・ジャイアント(The Little Giant)』を録音。ブルー・ミッチェル(tp)、ジュリンアン・プリースター(tb)、ウィントン・ケリー(p)が参加。

1960年9月2日、エディ・ロックジョウ・デイヴィス(ts)との共演盤『バトル・ステーションズ(Battle Stations)』を録音。ノーマン・シモンズ(p)、ビクター・スプロールズ(b)、ベン・ライリー(ds)が参加。

1960年9月7日、『スタジオ・ジャズ・パーティー(John Griffin's Studio Jazz Party)』を録音。

1960年11月4&10日、エディ・ロックジョウ・デイヴィス(ts)との共演盤『タフ・テナーズ(Tough Tenors)』を録音。ジュニア・マンス(p)、ラリー・ゲールズ(b)、ベン・ライリー(ds)が参加。

1961年1月6日、エディ・ロックジョウ・デイヴィス(ts)との共演盤『テナー・シーン(The Tenor Scene)』を録音。ジュニア・マンス(p)、ラリー・ゲールズ(b)、ベン・ライリー(ds)が参加。

1961年2月7日、エディ・ロックジョウ・デイヴィス(ts)との共演したセロニアス・モンク作品集『ルッキン・アット・モンク!(Lookin' at Monk!)』を録音。ジュニア・マンス(p)、ラリー・ゲールズ(b)、ベン・ライリー(ds)が参加。

1961年6月5&8月17日、エディ・ロックジョウ・デイヴィス(ts)との共演盤『ブルース・アップ・アンド・ダウン(Blues Up & Down)』を録音。ロイド・メイヤーズ(p)、ラリー・ゲールズ(b)、ベン・ライリー(ds)が参加。

1961年12月&1962年1月、『ザ・ケリー・ダンサーズ(The Kerry Dancers)』を録音。バリー・ハリス(p)、ロン・カーター(b)が参加。

1962年2~4月、タッド・ダメロン(p)のオーケストラ・アルバム『ザ・マジック・タッチ(The Magic Touch)』に参加。

1963年からヨーロッパに移住。クラーク=ボラン楽団にも在籍した。

1964年2月、『ナイト・レディ(Night Lady)』を録音。フランシー・ボラン(p)、ケニー・クラーク(ds)が参加。

1967年、『ザ・マン・アイ・ラヴ(The Man I Love)』を録音。ケニー・ドリュー(p)が参加。

1978年10月17日、『リターン・オブ・ザ・グリフィン(Return of the Griffin)』を録音。ロニー・マシューズ(p)、レイ・ドラモンド(b)が参加。

2001年6月、ジェームス・カーター(ts)のアルバム『ライヴ・アット・ベイカーズ・キーボード・ラウンジ(Live at Baker's Keyboard Lounge)』に参加。